松江地方裁判所 昭和44年(ワ)52号 判決 1970年4月22日
原告
高山雅喜
代理人
梅村義治
被告
千代田火災海上保険株式会社
代理人
宮原守男
外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告―「被告は原告に対し金一五一万円及びこれに対する昭和四四年四月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
二、被告―主文同旨の判決。
第二、請求原因
一、保険契約の締結
原告の父訴外高山光雄(以下父光雄という)は、昭和四二年一〇月二八日被告との間に普通貨物自動車(島四の八〇―七九号、以下本件自動車という)について、保険期間を右同日から昭和四三年一〇月二八日までとする自動車損害賠償責任保険(以下自賠責保険という)契約を締結した。
二、事故の発生
昭和四三年一月二日午後八時三〇分頃、原告の兄訴外高山宏光(以下兄宏光という)が本件自動車を時速約五〇キロメートルで運転して島根県鹿足郡日原町大字富田地内国道九号線を益田市方面に向けて進行中、路上の落石に本件自動車が衝突し、同乗していた原告は治療約六週間を要する右前頭骨眼窩部開放骨折、右眼角膜混濁、顔面、右足打撲挫傷の傷害を負い、これによつて右眼視力0.02の矯正不能の視力障害を残す後遺障害が生じた。(以下これを本件事故という。)
三、父光雄の自賠法三条に基づく責任
父光雄は本件自動車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供するものであつたから、自賠法三条に基づき原告に対し以下の損害を賠償する義務がある。
四、原告の損害
(一) 得べかりし利益の喪失
原告は前記負傷により、昭和四三年一月二日から同月八日まで日原共存病院に入院し、退院後も鳥取大学医学部附属病院ほか三病院で治療を受けたが右眼の視力障害は回復しなかつた。原告は、昭和四三年三月私立益田工業高等学校卒業見込であり、卒業と同時に石川島播磨重工業株式会社に就職することが決定していたが、右眼視力障害のため右会社への就職は不能となり、次の得べかりし利益を喪失した。
石川島播磨重工業株式会社の初任給は月額金二万五、八四〇円(年額金三一万〇、〇八〇円)であり、退職定年は五七才であるところ、原告は昭和二四年一〇月二五日生れであるので右定年まで少くとも三九年間は稼動し得たことになる。ところで、原告の右眼視力障害(視力0.02)による労働能力の喪失率は、労働基準法施行規則別表第二の第八級第一号、労働基準局通達昭和三二年七月二日基発五五一号別表労働能力喪失表によれば四五パーセントである。従つて、昇給、賞与、退職金を度外視して原告の三九年間の逸失利益をホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して計算すれば金二九七万三四〇〇円となる(31万0,080円×0.45×21.3092=297万3,400円)。
(二) 原告の慰藉料
原告の前記後遺障害に対する慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。
五、結論
よつて、原告は被告に対し自賠法一六条一項に基づき損害賠償額の支払を請求することができるものであるが、右賠償額の限度は同法施行令二条二号イの金五〇万円と同号への別表第八級第一号の金一〇一万円との合計金一五一万円であるので、被告に対し右限度額の範囲内である金一五一万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年四月二二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因事実に対する答弁並びに主張
一、答弁
請求原因一、の事実は認める。同二、の事実は不知。同三、の事実中、父光雄が本件自動車を自己のために運行の用に供していたことは認めるが、本件自動車が父光雄の単独所有であることは不知、その余は争う。同四、の事実は否認する。同五の主張は争う。
二、主張
(一) 原告が自賠法三条の「他人」に当らない旨の主張
本件自動車は原告の家族共同の目的のために共同使用されるいわゆるファミリー・カーである。本件事故も原告ら一家(父光雄、母百合子、兄宏光、原告及び原告の妹)が本件自動車を利用して福岡県宮地獄神社に参詣し、益田市への帰途において発生したもので、原告方では毎年正月に本件自動車を利用して家族そろつて宮地獄神社に初詣をすることを常としていたものである。従つて、本件自動車は父光雄及び母百合子の共有とみるべきものであり、又、原告も他の家族とともに本件自動車の当該運行について運行の支配と利益を有していたものであるから、原告は本件自動車の共同運行供用者として自賠法三条の「他人」には当らない。
又、本件運行においては、父光雄、兄宏光及び原告が本件自動車を交互に運転し、事故の際には原告は前部左側座席に搭乗し、自らも前方を注視するなどして兄宏光に対し安全運転をするよう絶えず注意していた。従つて、原告は自賠法二条四項にいう「運転の補助に従事する者(以下運転補助者)」であつたから、この点からしても原告は同法三条の「他人」には当らない。
(二) 好意同乗の主張
ドイツ、フランス、スイス及びアメリカの相当数の州など諸外国の立法例においては、いわゆる好意同乗者、なかんずく親族に対する自動車事故損害賠償責任が免除されている。そして、わが自賠法三条を解釈するに当つても好意同乗の態様等によつて民法五五一条の類推適用により加害者に故意又は故意に準ずる重過失がない場合には損害賠償請求権が発生しないと解すべきである。しかるときは、原告は、その両親が保有し、兄宏光が運転中の自動車の同乗者であつてまさに好意同乗者の極限にある者というべきであるから、保有者たる父光雄及び母百合子に対しては自賠法三条に基づく損害賠償を請求することはできないといわなければならない。
(三) 損害不発生等の主張
(1) 逸失利益について
交通事故による傷害のため労働力の減退をきたしたことを理由として将来得べかりし利益の喪失による損害賠償を請求しうるのは、将来収入減を生ずる蓋然性が高度のものである場合に限られる。これを本件についてみるに、原告は本件事故による傷害のため石川島播磨重工業株式会社への就職が不能となつた旨主張し、その逸失利益を損害として主張するが、原告は自ら右会社への就職を辞退したのであり、これは本件事故による傷害がその一因ではあろうが、他に将来建築家として身を立てるべく近畿大学建築科へ入学したこともその理由となつていると考えられる。そして将来近畿大学卒業後建築家となつた場合には、石川島播磨重工業株式会社へ入社した場合と比較して格別の収入減が生ずるということができないのみならず、かえつて収入が増加する可能性さえもあるのである。そうすると、本件においては原告に将来収入減を生ずる蓋然性があるとはいえないから、本件事故によつて逸失利益の損害が発生したと主張することは失当というべきである。
(2) 慰藉料について
本件自動車の保有者すなわち損害賠償の責任主体が原告の父母であることを考えるときは、原告の慰藉料請求を認めるべきではない。
(四) 自賠法三条但書の免責の主張
(1) 本件事故は、本件自動車を運転していた兄宏光が走行車線上に落石のあることに気付いたのが右落石から約一〇メートル手前の地点であつたため、ブレーキ操作をする間もなく右落石に衝突して発生したものである。ところで、自動車運転者がその進路上に危険物を発見してから急制動によつて自動車が停止するまでの距離、すなわち停止距離は運転者が危険物を発見してその危険状態を認識し(この間の時間を知覚的時間という)、右認識に基づいて急停車のためのブレーキ操作を行う(この間の時間を反応時間という)までの空走距離(この空走時間は通常0.8秒である)にブレーキ操作によつて自動車が停止するまでの制動距離を加えたものである。これを本件についてみるに、本件自動車の時速は五〇ないし五五キロメートルであつたから、空走距離は11.1メートルないし12.2メートルとなる。そして、兄宏光は路上の落石を約一〇メートル手前で発見したのであるから、右空走距離はさらに制動距離を加えるまでもなく、本件自動車と落石との衝突は避けられなかつたのである。さらに、事故現場の道路はアスファルト舗装で事故当時路面は湿潤であつたから、右道路の摩擦係数は0.3と考えられ、この場合の制動距離は次の公式により時速五〇キロメートルで31.7メートル、時速五五キロメートルで三九メートルとなる。
そうすると、これに前記空走距離を加えた停止距離は、時速五〇キロメートルの場合は42.8メートル、時速五五キロメートルの場合は51.2メートルとなる。そして、兄宏光は事故直前から前照灯を下向きにして走行しており、その照灯距離は約三〇メートルに過ぎないのであるから、たとえ同人が前方を注視し、前照灯の照射内に落石が出現すると同時にこれを発見したとしても、本件衝突は避けられなかつたのである。
以上のとおり、本件事故については運転者である兄宏光には過失がなかつたのであり、又、保有者である父光雄及び母百合子は本件自動車の後部座席に同乗していたに過ぎなかつたのであるから同人らにも過失がなかつた。さらに、当時本件自動車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。本件事故は国道上に岩石が崩落していたことに起因するのであつて、道路管理者たる国の過失によつて生じたものである。
(五) 権利濫用の主張
原告は本件自動車の保有者である父母から扶養を受けており、両者は加害者と被害者という対立関係にたつものではない。かような場合原告がその親に対して損害賠償請求権を行使することは「法律は実庭に入らず」の法諺にもとるものであり、権利の濫用であつて許されない。
(六) 自賠法一六条一項の被害者請求権の行使は許されない旨の主張
原告は本件自動車の保有者である父母と生計を一にして父母より扶養を受けている者である。したがつて、原告が自賠法一六条一項の被害者請求をしても、その受領損害保険金は結局原告の父母の経済圏内、すなわち父母の懐中に入ることになる。そうだとすれば、本件では原告が形式上被告に対する損害賠償額請求の主体にはなつているが、事質上は保有者であつて本来その請求権のない原告の父母に右請求権の行使を認めることとなり不合理な結果となる。
(七) 損害賠償額の限度についての主張
原告は自賠法一六条一項に基づき右眼視力0.02の後遺障害による損害賠償額の支払を請求し、右賠償額の限度は同法施行令二条二号イの金五〇万円への別表第八級第一号の金一〇一万円の合計金一五一万円であると主張する。しかし、次の理由により、原告は金七八万円を越える損害賠償額の支払を請求することはできない。
(1) 同法施行令二条二号イは、同号ロからヘまでに掲げる後遺障害を除く障害による損害につきその保険金額が五〇万円であることを定めているのであり、本件においては、前記後遺障害は同号ヘに該当するのであるから、この保険金額にさらに右金五〇万円を加算することは許されない。
(2) 原告の治療に当つた山下眼科医師橋本哲郎は、原告の前記後遺障害を同法施行令二条一号の別表九級第二号であると認定している。そして、同号の保険金額は金七八万円と定められているから、原告はこの金額を越える損害賠償額の支払を請求することはできない。
第四、被告の主張に対する答弁並びに反論
一、原告が自賠法三条の「他人」に当らない旨の主張に対して
本件事故が原告ら一家の家族旅行の帰途において発生したこと、事故当日原告も本件自動車を運転したことがあること、事故の際原告は前部左側座席に搭乗していたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。
運転補助者とは、例えばバスの車掌、タクシーの助手、自動車教習所の指導員等運転を補助すべき立場にある者を指すのであつて、単なる交替運転手、好意的な運転助言者はこれに含まれない。従つて、仮りに原告が兄宏光に対し安全運転の助言をしていたとしても、原告は運転補助者には当らない。又、仮りに、原告が運転補助者に当ると認められたとしても、被害者の保護を図るという自賠法の目的から考えれば、同法三条の「他人」の範囲は広く解されるべきであり、運転補助者もこれに含まれると考えるべきである。
二、好意同乗の主張に対して
いわゆる好意同乗者又は近親者に対する自動車事故損害賠償責任の免除が認められるか否かは保険契約上又は立法上の問題である。被告主張の諸外国の立法例或いはいわゆる任意保険において近親者加害による損害保険金支払につき制限条項が設けられていることは、逆に、これらの規定のない自賠法においては好意同乗者に対しても損害賠償責任は免除されないと考えるべきである。そして、右のように考えることは保険制度自体に何ら支障をきたすものではなく、むしろ、できる限り自動車事故による被害者を救済しようとする自賠法の立法趣旨に副うものであり、自賠責保険制度の充実に資するものである。
三、損害不発生等の主張に対して
(一) 逸失利益について
自賠法一六条一項は、同条による損害賠償請求がなされた場合は、逸失利益の有無にかかわらず、一律に、同法施行令二条二号の別表に掲げられた後遺障害に応じた保険金額が支払われるとの趣旨に解すべきである。その理由は次のとおりである。
(1) 右別表においては後遺障害は一四級に分けられ、そのそれぞれはさらに数個の障害の態様に細分されており、右の表示方法は労働者災害補償保険法施行規則一四条の別表第一と類似のものである。ところで、右労災保険においては、同法一五条同法施行規則一四条により平均賃金と同条の別表記載の日数を基礎として一律に当該障害に生じた保険金額が支払われるのであり、右保険金額には慰藉料は含まないとされている。そうすると、労働者災害補償保険法と性質が類似している自賠法においても後遺障害に対する保険金額は一律に支払われるべきであり、又、これには慰藉料は含まれない、と解すべきである。
(2) 前記のとおり、自賠法施行令二条二号の別表においては後遺障害は一四級に分けられており、そのそれぞれについて保険金額が定められている。このように保険金額が細分して定められているのは、右金額の一律支払い、すなわち後遺障害に対する保険金支払の画一的取扱が予定されたからにほかならない。もし、被害者の個人的事情を考慮して支払われるべき保険金額が算定されるとするならば、右のように保険金額を細分して定める必要はない。
(3) そして、右のような保険金支払の画一的取扱は憲法一四条の要請である。もし、同一後遺障害でありながら、被害者の個人的事情によつて支払われる保険金額に差異を生ずることになれば、それは憲法一四条に反するものといわなければならない。何とならば、自賠法施行令二条二号の別表に定められている保険金額は法定の基準であつて、私人間の賠償金の査定とは異るからである。
(二) 慰藉料について
いやしくも自動車の運行によつて身体を害された以上、被害者は精神的打撃を受けているのであり、被害者は慰藉料を請求しうるのであつて、その損害賠償責任主体が近親者であると否とによつて区別されるものではない。又、自賠法及び同法施行令で定められている保険金額が一般に被害額を下回つている実際に鑑みるときは、近親者に対する慰藉料請求を認めても社会感情に反するとは思われない。
四 自賠法三条但書の主張に対して
(一) 本件自動車の運転者たる兄宏光には運転に当り前方を注視すべき義務があつたにもかかわらずこれを怠り、自車前方の落石に気付かなかつた点に若干の過失がある。被告の本件自動車の停止距離に基づく無過失の主張は、その前提となつている本件自動車の事故直前の速度が不明確である以上失当というべきである。
(二) 仮りに、自賠法三条但書の免責事由が認められ、本件自動車の保有者である父光雄に損害賠償責任が認められないとしても、被告がこれを理由に自賠法一六条一項による損害賠償請求を拒むことはできない。その理由は次のとりである。
自賠法三条は民法七一五条に対して特別法の関係にある。従つて、自賠法三条の損害賠償責任は民法七一五条の不法行為による損害賠償責任の特別的な責任であるのに対し、自賠法一六条の損害賠償責任は自賠法によつて定められた別個独特の責任であつて、両者はその性質を異にする。そして、保険会社の損害賠償責任もこれに応じて二つに分けられる。すなわち、自賠法一一条、一四条及び一五条の填補責任は同法三条により自動車の保有者及び運転者が被害者に損害を賠償した場合に保険会社がこれを填補するものであり、同法一六条の支払責任は被害者から直接損害賠償請求を受けた場合の特殊な責任であつて、両者はその性質を異にする。従つて、被害者は同法三条により損害賠償を請求することもできるし、又、同法一六条により保険会社にこれを請求することもできるのであつて、もし、被害者がまず保有者に損害賠償を請求したところ、保有者が同法三条但書の事実を証明して責任を免れた場合、被害者はあらためて同法一六条により保険会社に対して損害賠償を請求しうるのである。以上のとおりであるから、同法三条但書は単に保有者についての損害賠償責任の免責事由を定めたものにすぎず、その免責が認められても同法一六条一項の保険会社の損害賠償責任が免責されるものではないのである。
五、権利濫用の主張に対して
本件においては、子である原告が現にその親に対して損害賠償を請求しているのではなく、親に自賠法三条の損害賠償責任が生じたことを理由に保険会社たる被告に損害賠償額の支払を請求しているのであつて、両者は区別されなければならない。本件において対立関係にたつのは被害者たる原告と保険会社たる被告であつて、原告と親ではない。従つて、原被告間において権利濫用、協力扶助義務、家族共同体の理念などを考慮する余地はない。
六、自賠法一六条一項の被害者請求権の行使は許されない旨の主張に対して
原告が自賠法一六条一項により被告に被害者として損害賠償を請求し、その損害保険金が原告の親の懐中に入ることになるとしても、それは終局的には原告の利益になるのであるから、これをもつて不合理ということはできない。
七、損害賠償額の限度についての主張に対して
(一) 自賠法施行令二条二号の別表が労働者災害補償保険法施行規則一四条の別表と類似のものであつて、労災保険において給付される保険金には慰藉料は含まれないのであるから、自賠法施行令二条二号の別表記載の各保険金額についても慰藉料は含まれないと解すべきであり、慰藉料としては同条同号イの金五〇万円が支払われるべきである。従つて、右金五〇万円を本件損害保険金額に加えることは許される。
(二) 原告の後遺障害が右眼視力0.02である以上、同法施行令八級第一号に該当することは明らかである。
第五、原告の主張に対する再反論
一、原告は、自賠法一六条一項による損害賠償請求がなされた場合は、逸失利益の有無にかかわらず、一律に、同法施行令二条二号の別表に掲げられた後遺障害に応じた保険金額が支払われるべきであると主張する。しかし、右主張は同法一六条一項の請求権が保険金請求権であるとの誤つた解釈に基づくものであり、自賠責保険があくまで保有者の損害賠償責任の発生を要件とする保険であることを無視し、労災保険と混同した主張である。又、同法施行令二条二号の別表記載の金額には逸失利益及び慰藉料の双方が含まれるのであり、慰藉料は当該金額の五分の二とされている。従つて、逸失利益も認められず又慰藉料請求権も認められない場合は保険金額の支払を受けることはできない。
二、原告は、仮りに、自賠法三条但書の免責事由が認められた場合でも、自賠法一六条一項による損害賠償請求に対しては右免責事由の存在を理由にこれを拒むことはできない旨主張する。しかし、右主張は同法の立法趣旨を没却したものであつて、原告独自の見解にすぎない。
第六、証拠<略>
理由
一請求原因一、(保険契約の締結)の事実及び父光雄が本件自動車の運行供用者であつた事実はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因二、(本件事故の発生)の事実が認められる。
二そこで、まず、原告が自賠法三条の「他人」に当るか否かにつき判断する。本件事故が原告ら一家の家族旅行の帰途において発生したことは当事者間において争いがないが、右事実のみから直ちに本件自動車が父光雄及び母百合子の共有である事実及び原告が他の家族とともに本件自動車の運行の支配と利益を有していた事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。又、原告も本件事故当日自動車を運転したことがあること及び本件事故の際原告が前部左側座席に搭乗していたことは当事者間に争いがなく、……によれば、原告は本件事故当日の午後六時頃までは本件自動車を運転していた兄宏光の運転状況を見守つていたことが認められるが、右事実のみでは原告が兄宏光の運転の補助に従事していたと認めることはできず、他にこれを認める証拠はない。従つて、原告が自賠法三条の「他人」に当らない旨の被告の主張は採用できない。
三次に、被告の好意同乗の主張について判断するに、自賠法上好意同乗者に対する運行供用者の責任を免除する規定はなく、又、民法五五一条は贈与の目的である特定の物又は権利に瑕疵又は欠缺があつた場合の贈与者の免責規定であつて、これを直ちに好意同乗の場合の責任について類推適用することはできない。
四そこで進んで原告に損害が発生したか否かにつき検討する。
(一) 逸失利益について
交通事故による傷害のため労働力の減退をきたしたことを理由に将来得べかりし利益喪失による損害を認定するためには労働力の減退によつて具体的に収入減が生ずることが必要である。しかるに、原告は、同原告に生じた後遺障害による労働能力の喪失率は、労働基準法施行規則別表第二の第八級第一号、労働基準局通達昭和三二年七月二日基発五五一号別表労働能力喪失表によれば四五パーセントであると主張し、右労働能力喪失率を基準に得べかりし利益喪失による損害額を算出している。しかし、仮りに、原告の後遺障害による労働力の喪失率がその主張のとおりであるとしても(それが得べかりし利益喪失による損害額算定の有力な資料となることは否定できないが)、本件事故がなかつたならば原告が得たであろう収入と減退した労働能力によつて得られるであろう収入との間に、労働能力の減退にもかかわらず収入減をきたす蓋然性の存在が認められなければ、原告に得べかりし利益喪失による損害が生じたということはできない。ところで、原告にその主張のような後遺障害を生じたことは前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、原告は昭和四三年四月に石川島播磨重工業株式会社へ就職することが内定していたが、前記後遺障害が生じたため右会社への就職を辞退したこと、右会社の初任給及び停年が原告主張のとおりであること及び原告が将来建築家として身を立てるべく昭和四三年四月近畿大学工業建築科へ入学したことはいずれも認められるが、右事実のみではとうてい前記収入減をきたす蓋然性の存在を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、原告が近畿大学を卒業し建築家となつた場合には、石川島播磨重工業株式会社へ入社した場合と比較して必ずしも収入が減ずるとは考えていない旨の<証拠>によれば、原告は本件事故によつて労働能力が減退したにもかかわらず、格段の収入減を生じないであろうことが窺われるのである。従つて、原告には労働能力の減退による得べかりし利益喪失の損害を認めることはできない。
そこで、次に自賠法一六条一項による損害賠償請求がなされた場合は、逸失利益の有無にかかわらず、一律に、同法施行令二条二号の別表に掲げられた後遺障害に応じた保険金額で支払われるべきであるとの原告の主張につき判断する。原告は右主張の理由として、同法施行令二条二号の別表においては保険金額が後遺障害に応じて細分して定められていること、右表示方法は労働者災害補償保険法施行規則一四条の別表第一と類似していること及び保険金支払の画一的取扱は憲法一四条の要請であることをあげている。しかし、自賠法一六条一項は、同法三条によつて保有者に損害賠償責任が発生した場合に、保険会社は同法施行令二条に定める保険金額の限度において損害賠償額の支払をしなければならないことを定めたものであつて、保険会社の右損害賠償額支払の前提としては、被害者に同法三条に定める生命又は身体が害されたことによる損害が生じていなければならないのである。そして、同法施行令二条二号の別表に定められている保険金額は当該後遺障害によつて生じた損害に対し、支払われるべき賠償額を示したものにすぎないのであるから、同一の後遺障害であつても、それによつて現実に被害者に生じた損害の大小により右最高限度額内において被害者に支払われる保険金額に差異を生ずることは当然であつて、同一後遺障害であればその損害の有無、大小にかかわらず、一律に、同法施行令二条二号の別表記載の保険金額が支払われるというものではないのである。従つて、右別表における表示方法が労働者災害補償保険法施行規則一四条の別表第一と類似しているからといつて、直ちに、自賠法一六条一項に基づく保険金額の支払についても労災保険におけるそれと同一の取扱をすべきであるということにはとうていならないのである。又、同法一条一項に基づく保険金額の支払につき前記のような取扱がなされてもそれが憲法一四条に違反するものでないことは勿論である。なんとなれば、自動車事故による後遺障害によつて損害を受けた被害者が同法一六条一項に基づき損害賠償を請求する場合には等しく同法施行令二条二号が適用され、当該後遺障害に応じて同条二号の別表に定める保険金額の限度内で損害賠償額の支払がなされるからである。以上のとおりであるから、原告の前記主張は独自の見解であつて採用することができない。
(二) 慰藉料について
一般に、不法行為により身体が害され、被害者に精神的苦痛が生じた場合には、被害者の加害者に対する慰藉料請求権が発生する。ところで、その場合、慰藉料によつて賠償されるべき損害は精神的苦痛であるが、その精神的苦痛というのは、傷害についての肉体的苦痛又は感覚的苦痛そのものではなく、その結果を加害者に対する感情(憤激・怨恨)として捉えたものというべきである。そして、その感情を軽減又は忘却させるため、加害者に金銭的賠償として負担させるのが慰藉料である。慰藉料の性質を右のように解した場合、加害者と被害者との間が夫婦、親子、兄弟であることだけで慰藉料請求権の発生を否定することができないことは勿論であるが、そのような身分関係があり、かつ、不法行為が過失によるものである場合、その身分関係の具体的内容、不法行為に至る経緯、不法行為時の状況、過失の内容などにより被害者の加害者に対する慰藉料請求権が発生しない場合がありうると考えられるのである。
そこで、本件について判断するに、<証拠>によれば、原告の家族は父光雄、母百合子、兄宏光、原告、原告の妹であり、兄宏光は高校卒業後上京し建設会社に住込みで就職していたが、本件事故当時二〇才の独身で、正月休みなどには帰省したりしてなお右家族共同体の構成員たる地位にとどまつており、又原告は本件事故当時一八才の高校生で父母と同居し右家族共同体の構成員であつたこと、本件事故は右原告の家族五人が毎年の例に従つて、父光雄所有の本件自動車を乗用して益田市の自宅から福岡県の宮地獄神社に初詣に行つた帰途において発生したこと、右初詣の往復の本件自動車の運転は、父光雄、兄宏光、原告の三人が交替でしていたこと、右初詣からの帰り兄宏光が本件自動車を運転して時速五五キロメートル位で進行していたところ、対向車があつたので前照灯の照射距離が短かくなつたのであるから、その距離間で障害物を発見してもそれとの衝突を避けることができる程度に減速して進行すべき注意義務があつたのにこれを怠り、慢然と同一速度で進行を続けた過失により、前照灯の照射距離内の前方路上に落石を発見したがこれとの衝突を避ける措置をとることができないで本件事故を発生させたこと、原告は本件事故による受傷につき兄宏光に対し憤激、怨恨などの悪感情は抱いておらず、又兄宏光は原告の傷害を非常に心配していて、本件事故は原告と兄宏光との兄弟の関係に何らの悪影響を及ぼしていない(むしろ兄宏光は原告が大学に入学後その学資の補助として毎月五、〇〇〇円を送金しているほどである)ことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右に認定した本件事故発生当時の原告と兄宏光との身分関係、本件事故発生に至つた事情、兄宏光の過失の内容、本件事故後の原告と兄宏光との兄弟としての関係からすると、原告の本件事故受傷による兄宏光に対する慰藉料請求権は発生しなかつたと解するのを相当とする。(なお、被告は、原告の父光雄に対する慰藉料請求は認められない旨主張するが、その前提として判断すべきは被害者たる原告に加害者たる兄宏光に対して慰藉料請求権が発生するか否かであつて、父光雄は、原告に右慰藉料請求権の発生及びその行使が認められた場合本件自動車の保有者としてその損害賠償責任を負う者にすぎないのであるから、原告に慰藉料請求権が発生するか否かの判断においては右責任主体が父光雄であることを考慮する必要はない。)
そして、加害者たる兄宏光に対する慰藉料請求権が発生しなかつた以上、運行供用者たる父光雄がそれを支払うべき責に任ずるに由ないことは明らかであり、また被告が父光雄の責任填補のための保険金を支払うべき義務がないことも明らかである。
五結論
以下の次第であるから、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。(元吉麗子 野間洋之助、辻中栄世は転任のため署名押印することができない)。